第12回:コールドフィートの正体

1年以上かけて弊社が伴走させていただいたM&A案件が、先週の3月末をもって成約の節目を迎えました。長年経営に心血を注いでこられたオーナーが会社資本を第三者に託す瞬間に立ち会うことができたことは、事業承継コンサルタントとして改めて身が引き締まる瞬間でした。会社株式の譲渡に限らず、個人所有の不動産やこれまで大切に保有されてきたものを手放す際、必ずと言っていいほどオーナーに現れるのがコールドフィートという心理状況です。私もこれまで不動産や株式といった高額かつ長期で保有されてきたものをご売却いただく局面に幾度となく立ち会ってきましたが、改めてこのコールドフィートという現象について考えてみました。


コールドフィートという現象の本質

不動産の売却やM&Aにおいて、条件交渉や資産査定(デューデリジェンス)がすべて完了し、あとは実行を残すのみという最終局面で、不動産売主やオーナー経営者が急激な不安や迷いに襲われる現象をコールドフィートと呼びます。これは単なる優柔不断ではなく、長年暮らしてきた不動産や人生をかけて築き上げてきた事業を手放すという、極めて重い決断を下す直前に生じる、本能的とも言える防衛反応だそうです。

最終局面で足がすくむのは当然

コールドフィートが発生する背景には損得勘定を超えた、次のような構造的な要因が潜んでいます。

  • 不可逆性への恐怖: 捺印した瞬間に、これまで暮らしてきた土地や事業の経営権、愛着のある会社との関係が断絶してしまいます。この先取り返しのつかない決断を下すことへの重圧が拒絶反応を引き起こします。
  • 従業員や取引先への責任感: 自分が去った後の組織が本当にうまくいくのか、従業員の処遇はどう変わるのか。これまで苦楽を共にしてきた人々への申し訳なさや罪悪感が、このタイミングで最大化します。
  • 自己アイデンティティの揺らぎ: 事業譲渡の場合、明日から社長ではなくなる自分に何が残るのか。数十年にわたり経営を自身の存在意義としてきた方にとって、その役割を失うことは、自己の一部を喪失するかのような感覚に近いものがあるものと思います。

重大な決断への伴走

野村證券時代から数多くの経営判断に立ち会ってきましたが、最終的な決断ができるのはオーナー様ご本人しかいません。最後の瞬間に生じる葛藤を、私自身もその当事者として深く受け止められるかが重要だと、いつも肝に銘じています。そんな葛藤を乗り越え、自らの手で未来を切り拓く決断を下されるお客様の姿には、経営者としての強い覚悟が逆に宿るものであると思います。その決断にしっかりと伴走し、導くことこそが我々の仕事であると考えると同時に、AIでは代替することができない人だからこそできる仕事なのではないかと思っています。


経営のバトンを着実に繋いでいく

会社を譲渡するという決断は、経営者にとって人生で最も重い選択の一つです。オーナー経営者からは案件成立後、安堵と同時に一言では言い表せない重みをいつも感じます。その想いに寄添い、会社を正しく繋いでいく。それが、事業承継における複雑なプロセスを支えるコンサルティングの本質であると再認識しています。新たなステージへと進まれる皆様が、自身の歩んできた道を肯定し、次なる人生の展望を描けるよう、これからも冷静かつ誠実に伴走してまいります。ご相談はお気軽に弊社お問い合わせページからどうぞ、XのDMからもお待ちしております。

ヒルズ&パートナーズ株式会社 取締役 岡村 雄太